御朱印のご案内

当宮は今から約1200年前、弘法大師が交野で修行の折、秘法を唱えると七曜の星(北斗七星)が降臨したという降星伝承が伝わっており、北極星・北斗七星の神格である妙見様をお祀りしております。

 

また、当宮の鎮座する交野ヶ原一帯は(現在の交野市、枚方市)平安時代以前から七夕伝承がありました。江戸時代初期の儒学・本草学者として著名な貝原益軒の紀行文『南遊紀行』には「此谷のおくに、星の森有。星の社あり。其神は牽牛織女也。」と当宮のことが記載されており、七夕ゆかりの神様としてもお祀りされておりました。

 

古くから当宮は降星伝承や七夕の信仰も古くから根付いた全国でも珍しい星にまつわるお宮です。周辺には現在も「星田」、「妙見坂」など、ゆかりのある地名がございます。

 

当宮では通常の御朱印以外に、信仰に由縁のある御朱印や、特別な御朱印をご用意しております。奥深い星の信仰に想いをはせ御朱印をお受け頂ければ幸いです。

七曜星降臨縁起の御朱印

今から約1200年前、弘法大師が交野の獅子窟寺の吉祥院の獅子の窟に入り秘法を唱えると星田の里の三カ所に七曜星(北斗七星)が降臨したと伝わります。星が地上に落ちた場所として、一つは星田傍示川沿いの高岡山東の星の森、もう一つが、この星田乾にある降星山光林寺境内、そしてもう一つが当宮です。後に弘法大師は当宮の地に赴き、大師自ら「三光清岩正身の妙見」と称され、「北辰妙見大悲菩薩独秀の霊岳」、「神仏の宝宅諸天善神影向来会の名山」としてお祀りされました。妙見様は北極星・北斗七星の御神格であり、別名「北辰尊」とも申します。当宮創建の縁起に関わる御朱印です。


星田妙見宮 龍神御朱印

土日限定妙見御朱印

大蔵経「七佛八菩薩所説大陀羅尼神呪経・第二」(西暦260~270年晋代譚)には、「諸法の実相を知見し、衆生界に向かって難思の妙用を垂るるが故に妙見という」と書かれております。妙見様の教えを書いた御朱印です。

星田妙見宮 龍神御朱印

龍神御朱印

北極星と北斗七星の神格である妙見様のご神使は龍と玄武です。そのため、龍神様のお祀りするお社が3社ございます。昔は龍降院と呼ばれていた時代もございました。


七夕御朱印のご案内
星田妙見宮 七夕祭

 当宮の地を含む現在の枚方市、交野市のあたり一帯は平安時代の頃には「交野が原」と呼ばれ、古くから七夕伝説が伝わっています。交野ヶ原は元々広大な原野で大きな川が流れていた事もあり、多くの野鳥が生息していました。そのため、平安貴族たちの狩猟地として栄えていました。『古今和歌集』には交野ヶ原で在原業平が惟喬親王の狩猟の供をした時に『狩り暮し 棚機津女(たなばたつめ)に 宿借らむ 天の川原に 我は来にけり』と詠んだ歌が載っております。この頃には既に交野ヶ原に七夕伝説が定着していたものと思われます。

七夕期間限定御朱印


7/1~8/7(旧暦七夕)まで

星田妙見宮 御朱印

牽牛織姫七夕御朱印

江戸時代に刊行された貝原益軒の紀行文『南遊紀行』には当宮について「此谷のおくに、星の森有。星の社あり。其神は牽牛織女也。」と記載されており、現在も御神体の磐座を織女石(たなばたせき)と称してお祀りしております。

御朱印では交野ヶ原にある天野川を境に牽牛と織姫が一年に一度の七夕の日に恋い焦がれ出会う場面を描きました。

元々、交野ヶ原には平安時代以前から天女が羽衣によって天から降りたという羽衣伝説がございます。そこから七夕に繋がってゆき、交野ヶ原の七夕伝説として伝わったと言われております。


 

 

授与所窓口受付時間

平日 8:00~16:30 

土日祝8:00~17:00

※<10月中旬~1月末>16時半まで